2019年3月
 憲法と福祉の会が1年たって
「憲法と福祉の会」を2か月に1度行って1年になりました。1年たってみて参加者も定着し、ある気づきがあったのでお話しします。この会を始めたきっかけは、『不思議なクニの憲法』というドキュメンタリー映画を薬局内で自主上映した際に、参加した方々が憲法を自分の生活におろして、次世代の子供たちのためにできることを真剣に考え、思いを語る姿に心を打たれたためです。この方たちと、憲法についてもっと掘り下げ、意見交換をしてみたいと思い、「憲法と福祉の会」を始めました。

初回は憲法9条について取り上げ、多数のご参加をいただきました。しかし、9条以外にも憲法には大切な条文があって、定期開催をしているうちに、現在参加者は当初の半分位になったものの、徐々に定着し、発言がより生活に密着したものになってきています。

そんな中、2月に「不自由と不平等」について自分たちの生活の中で、どのような時にそれを感じるか話し合ってみました。
すると、「不自由」については様々な実生活の体験が出ていましたが、「不平等」に関しては「不平等と不公平」を混同している方が多いように感じました。「平等」と「公平」の違い、しっかり認識されていますか?

平等と公平の特徴
平等:平等は簡単な作業で実現できる。平等を突き詰めると、各人の自負、尊厳などが排除され、歪みが生まれやすい.個人の能力や努力は関係なく、皆が一律に同様の評価をされる。

公平:公平は他を尊重した行動で実現すること。「平等ではない」ので、全員が納得できる理由(説得力)などが必要で、そうできる(権威と裁量を持った)人が必要になる。個の能力や努力に対して同様の条件で評価される。


憲法14条>すべて国民は
法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的、又は社会的関係において、差別されない。

憲法12条>この憲法が国民に保障する
自由、及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない。又、国民はこれを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ


最近は、「平等」、「不平等」、「差別」と安易に使いすぎているのが気になります。それぞれの相応しい分量、容量を顧みず、無理やり「絶対的平等」を実現しようとする傾向があり、例えば小学校の徒競走でみんな手をつないでゴールさせるなど、どこかずれているような気がしてなりません。前述の憲法14条が主張する平等は前述の平等と公平の特徴で言うところのほぼ「公平」です。そのことによって、日本人が大切にしてきた調和、協調、尊厳などを公平に保っていきたいと言っています。そして、その調和などができる裁量ある人物を選びます!と言っているのです。

憲法12条にある「不断の努力」とは、国民一人一人がいつもしっかりと考え、おかしいところは主張する。そして裁量できるように普段から努力しようと言うことで、行き過ぎた平等論を助長するためのものではありません。本来「多神教」の日本人だからこそ「公平」を許す「絶対的ではない平等」が条文になった日本国憲法を、私たちは「不断の努力」で保持できているでしょうか。当薬局ではこれからも「憲法と福祉の会」を続け、参加者の方と交流しながら、しっかりと地に足をつけて現実を見つめつつ、大きな視野を持っていきたいと思っています。