2017年12月
 「みんな同じ」という言葉の奴隷になっていませんか?
   なぜみんなと同じでなければならないのか、脳科学的に調べてみました。

小さい子供の頃は、感覚が鋭いため「感覚違い」を捉える能力が高い。大人になるにつれて、感覚的に違うものを、意識の中で『同じもの』にする能力が高くなってきます。
   例えば上の絵の様に、「中央の和の中のもの」を子供は感覚で「それぞれ違う花」と認識しますが、大人の意識では「花」という一つの概念として「同じ」とみることができます。「同じ」という概念は人間特有で、動物は「概念」でくくって物事を「同じ」とみることはできません。動物と人間の大きな違いです。ここで大事なことは「まず違いを知って、のちに同じと認識すること」です。

仏教で言われる『五蘊皆空(ごうんかいくう)』というものがあります。『色(しき)、受(じゅ)、想(そう)、行(ぎょう)、識(しき)』ですが、これを脳科学に置き換えれば、「色は、感覚。受は、入力。想は頭で判断すること。行は、動きで運動して外へ出すこと。識は全体を意識し実行すること。」だといいます。さらに、五蘊の「」は「身体や目、耳、鼻などで人が認識できる全てのものを知覚すること」で、「」「」「」「」は「人の精神的な面、心の動きを説明するための言葉」で、「これら5つの集まりは常に変化し続けている現象自己執着をなくしたら五蘊皆空になる。」と言っています。大昔から、人間は「まず違いを知って、後に同じと認識すること」を行って社会を形成してきた。しかし、現代はまず「同じを認識させて、違いをなくし」執着する。

感覚の違いが分かって同じという概念が出来た共同体」だと、多様性を持った社会になり、色んな違いがあることを受け入れているから変化があり、「五蘊皆空」の社会となる。陰陽五行の年運が作られた地球上ではこの共同体が存在していました。この日本にも。だから何千年も使える「真理」を見出すことができたのだと思います。

しかし、「
同じという概念を先に意識化されて違いの感覚に気づいた共同体」だと、みんなと同じ」ことをしなければならない意識が強化されやすく、「違い」を認め合えず、排除したり苦悩したりして「一神教的」となり、○か×かの判断に陥りがちになります。現代のコンピューター社会やグローバリゼーションです。グローバルな世界というのは均一化された世界、単純な情報(意識)の寄せ集めです。「同じ」を強化された脳は変化の激しい「年運」に怯えると思います。

しかし、人間の脳は感覚によって順応できるようにできています。信用できるのは自然の中で働くようにできている「感覚」であり、人が作ったシステムでないことをもっと見て欲しい。「直感、直観」をなくしてしまうと、容易に何かにコントロールされる
洗脳社会になりかねません。今こそ、多様性と順応できる心と体と魂を育むべきではないでしょうか?