2020年8月
 コロナの後の社会は『常若』で!
 現在のコロナ禍の裏で動いている政府の計画の1つに2050年ムーンショット計画と言うのがあります。
(下図は、内閣府のHPの1つから抜粋)


この計画は、国民一人ひとりをAIと結び、職場に行かず、自宅で指示を出せば、自分のコピーロボットが仕事などを行ってくれるというもの。(=人間が少なくなってもかまわない)さらに、あなたが面倒だと思っていることをすべてAIとコピーロボットが代わりにやってくれます(人間はどんどん退化していくでしょう)そんな、ある意味夢のような世界が10〜30年後にはやってくるのです。

では、「面倒くさい」という心理とはどういうものでしょうか?「面倒くさい」と思うのには、「できるのにやらない」心理と「できないからやらない」心理の2種類があります。

できないのにやらないのには、だれかに強制されているような不自由感が「やりたくない=面倒くさい」と感じるそうです。
不快な感情に対してストライキを起こしているようなもの。怒りや反発心が面倒くさがりの背景にあるようです。

できないからやらないのは、いわゆる完璧主義で、「完璧にしようとするとものすごく大変。完璧にできないのなら一切しない」が「面倒くさい」という表現になるもの。こちらのケースは白か黒かをはっきりさせたい、いわゆる完璧主義傾向がある人に多く見られます。完璧にするためには多大な労力の投資が必要なので、膨大な労力をかけなければならないことを想像して面倒くさくなるわけです。背景にコンプレックスがあり、自分の不完全さを感じる挑戦を避けようとします。

そこで、「面倒な作業」などをAIやロボットに丸投げすることをもう一度考えてみてください。どちらのケースにしても不自由さを感じ、よりAIに考えてもらおう、ロボットにやってもらおうと、脳の中で「面倒くさい」思考が渦巻いていくのではないでしょうか?

今現在を考えてみてください。コロナに関して免疫やウイルス、菌について調べてみようとすると、コロナの情報があまりにお粗末なことが一目瞭然に分かってくるはずなのですが、面倒だからやらない→マスコミは恐怖をあおり、感染のことを知りたいなら政府のシステムに入っておけば心配ないと誘っています。

つまり、ムーンショット計画の、人間の身体と脳をAIと結ぶ計画は着々と進んでいるということです。自粛期間中(5/27)に「スーパーシティ法」(ご自分で勉強してください)が成立し、その翌日には「個人情報保護法」も改正されました。これもAIと結びつけ、監視社会を作るための法律です。新聞にも出なかった法律。(ちなみに、同じ頃カナダでは強い反対運動があり、「スーパーシティー法」を中止しました)日本人の脳は、情報に操られて思考停止状態になっている。自粛警察は、まるで第二次世界大戦の頃の「非国民」と同じ心理。同じ過ちを繰り返す。

AIを利用するのとAIに操られるのでは、生きる喜びは大きく違うのではないでしょうか?コロナの情報に操られて、判断することを面倒がり、本来知るべき情報を学ぶことができなくなっている。でも、AIがダメだと全面排除していては、真の大事な情報まで見逃してしまうし、AIの利用の仕方を間違ってしまう。

縄文の時代から、日本には『常若』(とこわか)という考え方があります。「変えるべきものを変える勇気」「変えられぬものを冷静に受け入れる謙虚さ」そして、「変えなくてはならないもの」と「変えてはならないもの」を見分ける知恵。

日本の四季の中で生き、自然と共存する暮らしの中で育まれた哲学です。私たちの心も体も、常に細胞を新陳代謝することで生命を保つシステムを持っています。生まれ変わらせて
「常若」に生き続かせる四季のある自然からの思想。動物である人間としての社会に必要な古からの智慧。あなたも今の時代だからこそ、次世代のためにも「常若」を縄文の暮らしの中で育まれた陰陽五行から読み解いていきませんか?