2019年9月
 ハレとケ
 皆さんは、『ハレとケ』って、ご存じですか?「ハレ」と「ケ」は、民俗学者・柳田國男によって唱えられ、日本人の生活リズムを表現した言葉で、漢字で書く場合ハレには「晴」、ケには「褻」の字が当てられます。柳田は、かつての日本人の生活にはハレとケの二つの時期があり、両者ははっきりと区別していた、と主張しました。

」とは日常の状態。普段の生活そのものを指し、日常の状態を淡々とこなす事です。
ハレ」とは非日常の状態。特別な日。神社の祭礼や寺院の法会、年中行事、人生儀礼など、非日常的な行事が行われる時間や空間を指します。ハレの日は単調になりがちな「ケ」の生活にケジメをつける日でもあり、宗教的な行事ごとに特別感を出していた諸外国とは違う暦の生活の時間観、世界観で「閉ざされていたものが開く時」なのです。

ケガレ」も非日常。「ケ枯れ」の生命エネルギーが足りない状態です。エネルギーの足りない状態が続くと死に至ります。
これは、ハレとケの概念に、昭和45年以降加わった概念で、死や衰退は嫌なもの、避けるべきものになって「穢」と表現するようになり、不浄(きたない)から避ける。これを浄化する時に神社にお参りし、お祓いして浄化する「ハレ」で気を満たしていきます。日本人の生活は、この3つの概念「ハレ・ケ・ケガレ」の循環で成り立っているのです。

当薬局で行っている「四季のいろどり真理 衣・食・住(暮らし)」では、「ケ」の衣食住をお話ししています。「ケ」なので、流行りの「SNS映え」はしないかもしれませんが、日々季節の薬膳をいつもの食事に取り入れ、試作していくうちに身体が健康になっていくことを実感し、昔の「ケ」の大切さを感じます。

しかし、現代は日常を「ハレ」で過ごそうとする人が増えました。かつては、「ハレ」の時にだけ、ともに酔って連帯感を深めるために飲んでいたお酒を、日常的に飲んで酔いつぶれてアルコール中毒にまでなる人もいます。これは「ハレ」を過剰にしすぎたため。やがて肝臓が疲れ、全身状態にまで問題を起こしてケガレの状態になってしまいます。

「ハレ」が日常になると、もっと刺激的な「ハレ」を渇望することになり、結局ドーパミンによる依存症に陥る。現代に様々な依存症が多発しているのも当然です。また、そんな人は本来「晴れ着」だったものを日常に着ている状態ですから、表面的に「目に見えるもの」にこだわる傾向にもあります。

反対に、「ケガレ」を日常にしている人は、「想い」や「理想」といった「目に見えないもの」にこだわります。ある理想に想いを募らせるあまり、脳で生命エネルギーを使いすぎて不足状態です。

SNSで華々しい生活をしているように見える他人や、きらびやかに見えるスポーツ選手や映画スターだって、基本的には「ケ」を生きているのです。日常の生活は平凡でつまらないことの連続なので、ある程度の「自己規制」が必要です。でも、その「ケ」の部分を大切にするから、「ハレ」の日を喜びを持って迎えられ、「ケガレ」の日だって乗り越えることができる。

今こそ自分の世界観の「ハレとケとケガレ」を見直して、日常の「気・ケ」を乱すものに振り回されないで欲しいと思います。